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梅雨のあれこれ(紫陽花編)

 6月というと、何を真っ先に思い浮かべるだろう。紫陽花。ちょっと早いけど蛍狩り。未婚の女性などは、ジューンブライドを連想されるだろうか。まあ、北海道は別として梅雨を思い浮かべられる方が多いのではなかろうか。
 東京もほぼ例年通りの10日、梅雨入りが宣言された。日中は、東京の都心では雨が降らないどころか、晴れ間さえ望まれて、おいおい気象庁さん、ちょっと焦ってんじゃないの、と思ったが、さすが、伊達に気象庁さんが宣言されたんじゃないんだね、その夜、遅くになってからだが、シトシトといういかにも梅雨を感じさせる雨が降り始めた。
 ただ、なんとなくからっとしている感じがあって、ジトジトはしていない。湿度の低い雨降りでは、今一つ、梅雨の感じがしないのである。
 梅雨は鬱陶しいね。でも、齢を重ねたせいか、なんとなく長雨もそれなりにいいかなと思ったりする。肌がなんとなくしっとりした感じがあるし、草木が潤いを得て緑が一層、濃くなる。葉裏を伝う雫をじっと眺めているだけでも、何か、ホッとするものを感じる。
 「緑滴る」とか、「風薫る」などの言葉は梅雨の時期を表した言葉(季語)ではないが、小糠雨に濡れそぼつ木々や名の知れぬ草たちを見ていると、つい、緑滴るなどと表現したくなる。





 昔は、艶のある美しい黒髪のことを、緑の黒髪などと表現したものだが、今時はそんな女性を見かけることはめったにない。茶髪が流行っているし、過剰なまでに清潔感を追い求めるためか、体臭を消すためにかシャンプーを使った洗髪をし過ぎているせいではないかと思う。
 髪が細くて、茶色に染めていなくても黒髪とは言い難いし、それに髪の繊維が細い。命からがら、ただ伸びているだけで、ムースか油で塗り固めて、やっと髪に艶を、艶モドキを出しているようだ。髪が可哀想な時代だね。
 おっと、また、余談の迷路に入り込みそう。
 気を取り直して、小生は気持ちだけでも梅雨を感じようと梅雨にちなむあれこれをボンヤリ連想風に追いかけてみようと思い立った次第である。
 
 まずは紫陽花から。都内でも結構、思いがけない場所で目にすることがある。住宅街などでは、ブロック塀と高さを競うようにあるいは、ビルの谷間の小道に沿って紫陽花の淡い紫の花が咲き誇る。
 念のため、手始めに紫陽花についての説明を掲げておこう:

ユキノシタ科の落葉低木。ガクアジサイを母種とする園芸品。茎は高さ一・五メートルぐらいで根元から束生する。葉は対生し大形の卵形か広楕円形で先がとがり、縁に鋸歯をもつ。夏、球状の花序をつけ、ここに花弁状のがく片を四または五枚もつ小さな花が集まり咲く。がく片は淡
青紫色だが、土質や開花後の日数等により青が濃くなったり、赤が強くなったりする。茎は材が堅く、木釘、楊枝をつくり、花は解熱剤、葉は瘧(おこり)に特効があるという。しちだんか。てまりばな。《季・夏》
               [国語大辞典(新装版)小学館 1988]より


 物の本によると、紫陽花は少なくとも奈良時代には日本でも見られたようだ。梅雨の頃ともなると、なんとなくモノトーンな色彩になりがちな日本の風土にあって、雨の中でも紫陽花は鮮やかで、とても映える。あんな淡い色調の花なのに、どうしてクッキリと浮かび上がって見えるのだろう。
 何か天然の蛍光色の成分でも入っているのだろうかと、勘ぐりたくなる。
 アジサイを何故、紫陽花というのか。事典には、「名は青い花がかたまって咲くようすから名づけられた」とあるが、今一つ釈然としない。
 ところで、今ではヨーロッパでも見られる紫陽花だが(但しヨーロッパに渡ってから改良されたもの)、ヨーロッパへは中国を経由してイギリス(王立植物園)に渡ったのだという。
 もう少し日本での紫陽花の歴史に拘ると、『万葉集』に紫陽花の名が見られる。大伴家持や橘諸兄らが詠んでいる。

 言問はぬ木すら紫陽花諸弟らが練りのむらとにあざむかえけり   大伴家持

 紫陽花の八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ  橘諸兄

 例によって「たのしい万葉集」さん、ありがとう。


 実は、『万葉集』に紫陽花が扱われるのは、この二首に限られるらしい。「平安文学には名はみえない」という。「色が変わることが心の変節と結び付けられ、道徳的でないとされて、近世まで目だたない花」だったというのだ。
 紫陽花がヨーロッパに渡ったのが、江戸時代(1789年、中国に渡っていた紫陽花をバンクスがイギリスに伝えた)で、日本では目だたなかった花がヨーロッパでは珍重され改良されたのである。皮肉なものである。
 なんでも、シーボルトが愛人のお滝さんの名にちなんで、アジサイにオタクサ(H.otakusa)という種の小名を与えたこともあったとか(その後、別の名前に変わった)。
 さて、どうしても小生は名前が気になる。多くの花の名前が美しいように紫陽花も素敵だ。誰が命名したのだろう。アジサイという言葉の響きがいいのは、どうしてなのだろう。その響きと現実の雨に煙る紫陽花とが印象の上でダブっているからなのだろうか。
 今、仮に外国(中国以外)から花が輸入されたとしても、きっとカタカナ表記のままなのだろう。もう、日本語表記にする必要も能もないのだろうね。
 アジサイという言葉は古来よりあったらしいが、必ずしも漢字表記が決まっていたわけではないようだ。その必要に迫られた時、唐の詩人白楽天の詩から紫陽花という名前が流用されたとも言われている。
 但し、白楽天の意味する紫陽花は、どうやら日本の人が名づけようとしたアジサイではなく、ライラックだったのだとも言われている。
 それゆえ、アジサイは中国原産だと誤解されたりもしたらしい。名前は難しいし、ややっこしいね。
 さらに、これはネットで見つけた説である(残念ながらそのサイトは今は開けない)。そのサイトによると、「集真藍(あづさあい〉・「あづ」は集まるの意 ・「さ」は意味のない接頭語 ・「藍」は青の意」だという。有力な説のようだ。
 同じサイトには、「「紫陽花」は、中国の招賢寺という寺にあった名の知れぬ山樹に咲く花で、色は紫、芳香を放つ仙界の麗花であった、と言われ、日本のアジサイとは何の関係もない」とも書かれてあった。
 紫陽花の花言葉は、古来からの印象というか伝統による先入観もあるのだろうが、花色の変化から「移り気」「心変わり」となっているようだ。けれど、人によっては、「 一家だんらん」「家族の結びつき」を象徴する花だともいわれる。
 数多くの花びらが寄り添うさまを見ると、小生も後者のほうが相応しいと思う。
 最後に、せっかくなので、ある方から教えていただいた「すみだの花火」を見ていただこう

 ついでに、これまたネットで見つけた一句を:

  紫陽花と菖蒲が競う梅雨半ば


                              (03/06/12)
by at923ky | 2005-05-21 23:15 | 随想


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