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バーチャルリアリティと現実と

 バーチャルリアリティ(略してVR)という言葉は既に慣れ親しんでいると言っていいのかもしれない。但し、親しんでいるということと、その原理や効果や目的や可能性を熟知していることを保証するはずのないことは、言うまでもない。
 例えば、下記のサイトでVRについての定義を見てみよう:

「仮想現実。コンピュータの3次元シミュレーションなどにより、人間にとっては現実のイメージに近い仮想的な世界を作ること」とある。
 まあ、こうした新しい概念というのは、理屈を理解するより、「センサーに応じた3Dの映像」などを実地に体験するにしくはない。
 但し下記のサイトを見るまでもなく、「仮想現実」という訳語は誤解を与える(2):

「「みかけや形は原物そのものではないが、本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」であり、これはそのままバーチャルリアリティの定義を与える」
 つまり、敢えて仮想という言葉を使うなら、手段としての媒体の我々に与えるみかけや形は原物そのものではないが、我々に与えられる結果としての「現実」は、まさに現実であり原物なのだということだ。

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by at923ky | 2005-08-25 00:32 | コラムエッセイ

屋上緑化の効果

 ヒートアイランド現象に悩まされている東京都が、「2001年4月、改正自然保護条例を施行、敷地面積1000平方メートル以上の民間建築物(公共建築物は250平方メートル以上)を新改築する際、利用可能な屋上面積の2割以上の緑化を義務」付けたことは、御存知の方も多いだろう。
 ヒートアイランド現象とは「地表がコンクリートやアスファルトに覆われた都市部で発生します。水分の蒸発がほとんど起こらないため、地表面の温度が上昇し、空調など人工的な排熱もこれに加わり、夜間になっても気温が下がらない状態」を言う。
 この屋上緑化というのは、「オフィスビルの屋上の空きスペースを利用して樹木、草花、芝生などで緑地を造る緑化サービス事業のこと」を言う。「ヒートアイランド(都市の高温化)現象の解消策」として、「ビル自体の断熱、防音、冷暖房費抑制効果」も期待できるとして、推進されているものだ。
 詳しくは下記のサイトなどを参照願いたい:

 このサイトによると、「最近では都市で生活する人々のストレス解消や癒しにつながるとの指摘」もあるという。

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by at923ky | 2005-08-18 22:48 | コラムエッセイ

濡れ落ち葉の行方

 別に風流なことを書こうというのではない。
 知る人は知っているだろうが、「濡れ落ち葉族」というのがあって、定年を迎え会社に通うこともなくなった亭主たちの一部の方々を指して評する言葉である。
 仕事一筋でずっと来て、趣味もなく、近所付き合いもなく、会社関係を離れると社会とのつながりもない。
 で、出かける当てもないので家でゴロゴロする羽目になる。外出というと、奥さんが出かけるときに、奥さんとしては必ずしもついてきて欲しくはないのに暇な亭主がくっ付いて来る。
 それは秋の日に路上に吹き溜まる落ち葉が、雨や露などで濡れていると、その上を歩いたりすると、靴の裏などに落ち葉がベタベタくっ付いてしまう。
 そのように亭主が奥さんにくっついて回って邪魔でしょうがない、亭主が奥さんの足手まといになっているそういう状態を指す言葉のようである。一説によると評論家の樋口恵子女史が造語された言葉だという。
 さて、つい先日、夫婦(あるいは広くは男女)関係のあり方をいろいろ考えさせる調査結果が公表されテレビ・ラジオなどで話題になっていた。
 その調査によると、男は(亭主は)仕事を隠退しても奥さんがいると独身の男性よりも長生きする。
 しかし、女性のほうは、亭主と一緒に暮らすより、独身であったほうが長生きできるという結果が出たというのだ。

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by at923ky | 2005-08-09 22:16 | コラムエッセイ

いじめについて

 あるサイトの日記や掲示板で、同和問題(最近は、人権問題と呼ばれているらしい)が採り上げられていた。この問題は封建的な時代の遺習とはいえ、現代も生々しい形で、その差別の実態は残っているようである。
 多くは部落差別の問題だったが、そうした同和地区の問題は、見かけ上はかなり改善されたとも聞く。が、実際には、部落を出ても、出自の過去が付き纏い、結婚ができなかったりなど、問題の根はより陰湿になり複雑になった面もあるのかもしれない。
 結婚の際、相手方の<身分>を調べるなど、今も深刻な現実があるとか。
 その陰湿さの一つの面として、「えせ同和行為」が時折、新聞などで記事になるのを見かけることがある。つまり、同和問題の重さや一旦、関わった時の厄介さという現実に乗じる形で、同和問題を口実にして企業や公的機関に不当な寄付や利益を募ったりする。
 部落問題や差別を扱った小説には、住井すゑの『橋のない川』とか、島崎藤村の『破戒』など、いろいろある。

 差別という問題は、神野清一著の『卑賤観の系譜』(吉川弘文館刊)などを読むと、日本においては(日本に限らないと思うが)、少なくとも歴史と共に存在していたことが分かる。

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by at923ky | 2005-08-07 23:07 | コラムエッセイ