<   2005年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

三途の川と賽の河原と

 前回に引き続き、「さいたま川の博物館」での、「平成11年度第2回特別展「三途の川」」を道案内に、三途の川のこと、そしてできれば、賽の河原について幾分かでも学んでおきたい。
 こんなことを学んでどうなるというのか、どんな意味があるのか、少なくとも小生にはさっぱり分からないのだが、何故か惹かれるものがあるので(そろそろ呼ばれている?)、ひたすらに好奇心に駆られるままに、かといって、あまりに深入りして、それでは、自分で訪ねてみようとばかりに、往って(逝って)還らぬ人にならぬよう、浅瀬を選び、できれば、三途の川の中に足を浸さないだけではなく、飛沫さえ浴びないように、用心を重ね、不摂生なる日頃の生活をほんの少しは慎みながら、まあ、表面的なこと、触りのところだけを、無論、差し障りに至らぬ程度に、触れてみよう。
 さて、「平成11年度第2回特別展「三途の川」のご案内」を参照する:

 いきなり人の力を借りるのも、顰蹙モノかもしれないが、三途の川に行ったことがないのだし、その世界に不案内なのだから、仕方ない。上掲の頁の冒頭にかのようにある:
 日本人は、むかしからこの世とあの世を分ける境界として川を意識してきました。その川が日本仏教に取り込まれ「三途の川」になったと考えられます。

 確かにその通りで、宗教の世界には御無沙汰気味の小生も、そんな話を漏れ聞いたことが遠い昔の記憶として残っている。一体、誰に聞いたものなのか、今となっては定かではない。

More
[PR]
by at923ky | 2005-07-29 22:14 | 古代・歴史・考古学

三途の川のこと

 あるサイトの掲示板で、千葉県には、三途の川という名の川があるという書き込みを見つけた。まさか、という気持ちと、でも、あっても可笑しくはないという気持ちとが相半ばしていたが、とりあえず、ネット検索。キーワードは、勿論、「千葉県 三途の川」である。
 すると、検索結果リストの筆頭に、「特別展点描  発見!「三途の川」」という表題のサイトが登場するではないか:

 その冒頭には、「さいたま川の博物館では、今年度第2回の特別展「日本人の他界観を探る-三途の川-」を開催しましす。」とある。
 続いて、「「三途の川」は、皆さんも知ってると思いますが、人が死んでからあの世に行くときに、必ず渡らなければならないとされた想像上の川です。しかし、特別展の開催を準備していた私は、ふと、「三途の川」という川は、実際にこの日本にあるのだろうかという素朴な疑問がわきました」とあるではないか。小生と同じような疑問を持たれる方がいらっしゃるわけだ。

 尤も、その方は、「早速、博物館にある『河川大辞典』をペラペラめくってみると、あったあった、全国に3ヶ所ありました」というわけで、小生とは比較にならない好環境に身を置いておられる。羨ましい限りである。
 とは言っても、小生がその立場にあって、ちゃんと辞典などを調べるかというと、これは怪しい。せめて辞典を枕に居眠りしないで居られれば、御の字なのだろう。

More
[PR]
by at923ky | 2005-07-23 23:14 | 古代・歴史・考古学

都心の新風景

 東京の都心がこの数年、凄まじい勢いで変貌を遂げている。バブルの崩壊で土地の値段が下がり、再開発の勢いがここに来て一気に花開いているという状況なのだろう。
 中には、六本木ヒルズのようにバブル前から計画され、それが今になって形になったものもある。時期がたまたまほぼ重なったということなのだろうか。
 発掘調査が終わった汐留地区や丸の内(丸ビル)、新幹線の到着に伴う品川駅東口、他にも大崎もほんの数年前とはかなり様子が違っているし、まだまだ変わりつつある。大井地区も大規模な工事が続行されている。
 そうでなくとも高層ビルは都心の方々で林立しつつある。面白いのは、大規模開発そして超高層のビルを建てる代わりに敷地には庭園などが設けられるし、ビルの中、乃至は同じ敷地内に高層のマンションも建てられていることだ。
 当然のように、新しいビルが建てば古いビルや家屋は姿を消していく。例えば、汐留地区の再開発で、古い家屋が消えつつある様子を見てみよう:

 品川駅の東口も大変貌を遂げつつある。品川インターシティはビジネスビル群
だが、近くに品川セントラルガーデンが出現し、ちょっとした話題を呼んでいる:

More
[PR]
by at923ky | 2005-07-04 22:31 | コラムエッセイ

神秘体験というよりも

 他の場所で、柳澤桂子氏の神秘体験にちなみ、小生自身の神秘体験について若干、触れてみた:

 ある朝、トイレの帰りだったか、玄関のドアを開いて、何の気なしに庭を眺めた。まだ庭の隅には屋根から落ちて堆積した雪の名残が見受けられた。
 何故か、庭を眺めつづけていた。すると、突然、何か炎のようなものが庭に燃え上がった。赤というより真っ白に近いような眩しい光の渦だった。それが庭で渦巻いたかと思うと、次の瞬間、その炎はある文字の形を描いた。
 その文字とは、「神」だった。

「神」という光り輝く漢字が、ほんの一瞬、それこそ閃光の如く描かれ、そしてあっという間もなく消え去った。
 気がつくと、そこにある庭はいつもの見慣れた庭で、何の痕跡もなかった。自分の幻覚か、それこそ夢なのかもしれなかった。我が目を疑うしかなかった。
 けれど、脳裏に刻み込まれた炎か光で描かれた「神」という文字だけは、それから長く<印象>となって残りつづけた。三十年以上も経った今でも、さすがに当時ほど鮮やかではないが、目を閉じるとその活字像が現れる。

                               (引用終わり)

 尚、柳澤氏の神秘体験は、柳澤桂子著『生命の不思議』(集英社文庫刊)や、下記のサイトなどで知ることができる:

More
[PR]
by at923ky | 2005-07-04 22:23 | 哲学エッセイ