濡れ落ち葉の行方

 別に風流なことを書こうというのではない。
 知る人は知っているだろうが、「濡れ落ち葉族」というのがあって、定年を迎え会社に通うこともなくなった亭主たちの一部の方々を指して評する言葉である。
 仕事一筋でずっと来て、趣味もなく、近所付き合いもなく、会社関係を離れると社会とのつながりもない。
 で、出かける当てもないので家でゴロゴロする羽目になる。外出というと、奥さんが出かけるときに、奥さんとしては必ずしもついてきて欲しくはないのに暇な亭主がくっ付いて来る。
 それは秋の日に路上に吹き溜まる落ち葉が、雨や露などで濡れていると、その上を歩いたりすると、靴の裏などに落ち葉がベタベタくっ付いてしまう。
 そのように亭主が奥さんにくっついて回って邪魔でしょうがない、亭主が奥さんの足手まといになっているそういう状態を指す言葉のようである。一説によると評論家の樋口恵子女史が造語された言葉だという。
 さて、つい先日、夫婦(あるいは広くは男女)関係のあり方をいろいろ考えさせる調査結果が公表されテレビ・ラジオなどで話題になっていた。
 その調査によると、男は(亭主は)仕事を隠退しても奥さんがいると独身の男性よりも長生きする。
 しかし、女性のほうは、亭主と一緒に暮らすより、独身であったほうが長生きできるという結果が出たというのだ。



 つまり、男性は女性に依存していることで独身でいる場合より長く生きられる可能性が高いが、女性は男性という荷物がいなくて一人で暮らすほうがのんびり出来、長生きもできるというわけである。
 男性は仕事一筋という方が多い。それはそれでこれまでの(特に高度成長経済下という)環境からして仕方なかったのだろう。だから家事は、一切しないということになる。日曜は接待ゴルフか、そうでなければ家でゴロゴロ。せいぜいパチンコか競馬かビデオ鑑賞くらいのものか。
 が、定年になって仕事から離れると、それは社会からも離れることになる。もともと家事もしないということは、多くは子育ても奥さん任せであり、地域社会(町内会も含め)での繋がりも皆無に等しい。
 その上に趣味もないとなると、社会からも家庭からも浮いてしまう。給料を運ばないなら、家事も出来ない男は、そもそも何だ、ということになるのだ。
 女性は、多くの場合、子育てに懸命であり、地域社会で生きることを余儀なくされ、婚家関係の人間付き合いに苦労し、仕事で経済的に自立できない分、自分とは何だろうという問いに、若いうちから直面せざるを得なくなる。そうした苦しみと苦労を経験した分、自分の生き方を単なる経済的手段としての仕事以外から確保することの必要性を痛感して生きてきたわけである。
 そして人間としての女性としての存在という問題に若いうちに苦しんだ分、早めに生き方を自らが問い直し、趣味や利害を離れた友達関係を重視する結果になったものと思われる。
 高度成長経済というのは、ある種異常な環境であり、形を変えた戦争経済、もっとハッキリ言って形を変えた戦時下体制であって、日本は80年代の半ばまではずっとその道を歩んで来たとも言える。
 だから男性は社会に出て働き、家事は何もしないのが当然だった。子育てもしなければ、奥さんと向き合って悩みを聞くこともない。そんなことは戦闘状態にあっては、できるはずもない。
 奥さんは、戦時下にある以上は、家事も子育ても銃後の生活も全て、一人で抱え遣り繰りするしかなかったわけである。
 日本においては、亭主が表で働き給料袋を開封しないで奥さんにそのまま渡す。奥さんというのは、御台所であり、おカネの遣り繰りも賄いも一切合財をすることになっている。
 そのことで女性のへそくりも可能になり、社会で働かない(働けない)、亭主に愚痴を聞いてもらえないという不満の緩和となっていた。
 しかし、この内助を一切、奥さんがやるということが、まさに戦時下経済の一番の象徴だったわけである。
 今、日本は、様々な旧弊なシステムが崩れかけ、新しいシステムに移行しつつある。高度成長経済という戦時下経済も疾うの昔に終焉を告げていたわけである。
 女性が社会に進出する。というより、家庭や地域社会だって社会だったわけだが、男性はカネを稼ぐ場である社会、女性は内助という形に限定された社会という風に、ハッキリ分離されていた社会構造が、能力があり積極性がある人間が表に出、もっと内向きな場が得意な人は、そうした場に活路を見出す。
 その際、男だからどっちであり、女だからどっちという限定など、基本的にない。あくまでその人次第なのだということ、その人の意思や才能こそが優先されるということ、そうした社会へと移行しつつあるのだ。
 構造改革というけれど、男性・女性の紋切り型の役割分担社会(戦時下統制経済社会)から、融通無碍な高度消費金融社会への変貌という現実のほうが、実は社会の流動性の上で影響が大きいのかもしれない。
 濡れ落ち葉族の行方は、ますます厳しいようだ。
                                    (02/11/16)
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by at923ky | 2005-08-09 22:16 | コラムエッセイ


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